読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

端を向いて歩こう。(仮名)

フリーライター・キクタヒロシのブログです。アメブロから引っ越してきました。

無償の愛、それを与えずには滅びてしまう性。

さて、前回軽くご紹介しました川島のりかず・著『フランケンシュタインの男』(ひばり書房/1988年発行)ですが、まだ紹介文を書くつもりもなく、どんな風に書いたモノかしらン?と軽くワープロ打ちしていたつもりがフと気付くといつの間にか一時間半も経過しており、 

 

宇宙人に一時間ほどさらわれたか、オレ?!( ̄□ ̄;) 

 

とか一瞬ビックリしちゃったンですが、ソレは多分強い薬を服用している副作用でボーッとしていた軽いトリップ状態ゆえの集中力(苦笑)で、エライ長文を一気に書き上げてしまいました♪ 

 

 

以下、全文を掲載しますが、今に『フランケン~』を入手して絶対に読むンだ!と思われている方はネタバレしておりますのでご注意ください。また、いつもの軽い苦笑ノリを期待なされている方は面白くもナンともナイと思われますのでパスしちゃった方が無難かと存じます(笑)。マジで長文ですし(;^_^A。

 

では、『フランケンシュタインの男』とは如何なる物語なのか、全容公開デス♪♪

 

一介の会社員である鉄雄はその日、

f:id:buraburablue:20151001001809j:plain

自らが心酔していた女社長の死に茫然自失となっていました。そんな帰宅途中、突如見知らぬ少女の幻影に脅かされるようなり、

f:id:buraburablue:20151001001821j:plain

それ以来少女の影は鉄雄に付き纏うようになります。

 

自らの異常を感じた鉄雄は精神科へと足を運び、その治療途中、その少女がかつて自分の愛した君影綺理子である事を思い出すに至るのです。

 

鉄雄は海辺にある貧しい土地に生まれ、気が弱く友達もいない少年でした。そんな鉄雄はある日、海辺を散歩していた綺理子の姿

 

f:id:buraburablue:20151001001855j:plain 

f:id:buraburablue:20151001001902j:plain

に惹き付けられてしまいます。

 

綺理子はその土地の資産家の一人娘と生まれながら、生来病弱で満足に歩く事も出来ずスポイルされて育ったため傲慢で我がままであったのですが、それ故、鉄雄は惹かれるモノを感じたのでした。

 

男らしく気丈な父からは、その弱さを咎められ、唯一の味方であった母からも、弟が生まれた事によりかまってもらえる時間が減り、自分が“誰からも必要とされていないと”感じていた鉄雄が、内心は同じ想いを持ちながら気高く振舞う綺理子に、無意識のうちに心酔してしまったのでしょう。

 

最初は鉄雄など相手にしていなかった綺理子ですが、その一途な思いを感じ取り心を許すようになり、身の上などを話すようになります。

 

 

綺理子の母は三年前に蒸発して行方不明、その理由は分からないものの、彼女は“自分は捨てられた”と思い込んでおり(自分の体が不自由だから?という想いもあったのかも知れません)、唯一の特技である絵画の才能だけを支えに生きているかのようでした。 

 

そんな綺理子が鉄雄に見せた絵、それが

f:id:buraburablue:20151001001946j:plain 

<フランケンシュタイン>でした。  

綺理子は言います。「憎い相手を次々と殺していくところが好きなのよ」と。その夜、テレビで放送されていた「フランケンシュタイン」を観ている綺理子の瞳は<異常でした>と心境を吐露しているにも関わらず、鉄雄は彼女のフランケンシュタインになろうと決意、

f:id:buraburablue:20151001002001j:plain 

三日間かけフランケンのマスクを自作するのです。 

 

 

後は友人同士というより、主従関係が敷かれました。綺理子の命ずるがまま、言葉を発しないフランケンになりきり弱い子供達を脅かし、その子供たちの怯える姿を見て興奮混じりの満足に浸る綺理子。そこには無力である自分がフランケンという手足を手に入れたため、行き場のなかった様々なコンプレックスが、“こんな自分でいなければならない”という世の中への憎悪へと転換され、破壊衝動として発現してしまったという側面もあるのでしょう。

 

そんなある日、自分の父の会社で働く同級生の男子に「父親をクビにする」と脅しをかけ、無抵抗にさせて上で、鉄雄に杖で殴打させる綺理子。その際興奮した綺理子の「フランケン、フランケン」のかけ声に甘美な陶酔を覚えてしまう鉄雄は

f:id:buraburablue:20151001002027j:plain 

仮面を被り強大な他者を演じる事で自己を抑圧から解放し、自分の力に酔いしれる快感に目覚めてしまったのです。それが錯覚以外の何物でも無いにも関わらず。

 

あとに残されているのは破滅への道しかありませんでした。

 

 

そして、この蜜月関係は一年後にあっさりと終わりを告げます。綺理子に新しい友達が出来たため、彼女にとって下僕でしかなかった鉄雄は飽きられてしまったのです。それに必死で食い下がる鉄雄は綺理子を失いたくない一心で古井戸に突き落とし、殺害してしまいます。

 

怖くなった鉄雄はそこから逃げ出し、それ以来、恐怖や罪の意識から記憶を心の奥底に封印してしまっていたのでした。 

 

全てを思い出した鉄雄は綺理子が眠る故郷を訪ねました。しかし、そこには綺理子の家は最早無く、数年前に会社が倒産し綺理子の父は首吊り自殺、綺理子の死体も発見される事無く、その上に新たな屋敷が建っている事を確認した鉄雄は、改めて綺理子の死を受け入れました。 

そしてその時、自分の性(サガ)を知る事となったのです。 

 

鉄雄は綺理子が死んでからただひたすら勉強だけをして過ごしていましたが、ある日、テレビに映っていた女社長に心を奪われます。

f:id:buraburablue:20151001002135j:plain

自分でも分からないまま運命的な出会いを感じ、ただ

f:id:buraburablue:20151001002148j:plain

<この女社長につくしたい>と思ったのです。 

 

以来、その女社長の元で必死に働いてきた鉄雄であったのですが、女社長の死により初めて自分のアイデンティティに気付かされたのです。

 

そう、綺理子との出会いにより、誰からも必要とされない自分が、相手の為に尽くす事により存在証明を感じる、そしてそれこそが愛なのであるという歪な想い。

 

綺理子を失い、そして女社長を失い、代替品を見付けられずにいた鉄雄は

f:id:buraburablue:20151001002224j:plain 

<ぼくは滅んでしまう>と感じ狂気に走り始めます。自らが生み出した綺理子の幻影の命ずるがまま

f:id:buraburablue:20151001002240j:plain 

フランケンのマスクを被り、少年時代そのままに子供たちを襲い殺傷し始めるのです。綺理子が喜ぶようにと。

 

逃げ惑う人々の慄きや浴びせられる罵声も 

f:id:buraburablue:20151001002308j:plain 

f:id:buraburablue:20151001002318j:plain

鉄雄には 

f:id:buraburablue:20151001002344j:plain 

f:id:buraburablue:20151001002353j:plain

自らを讃えるシュプレヒコールに感じられます。今こうしてフランケンのマスクを被っている自分こそ本来の自分であり、綺理子が異常な瞳で見入っていたヒーローたる姿であり、

f:id:buraburablue:20151001002416j:plain

皆に歓喜を持って向かえられる存在でなければならないのです。

 

 

今までなされている書評を読んでいると、発狂オチ(苦笑)ではあるものの自己解放もしくは魂の救済みたいな事を描いた、ある意味ハッピーエンドの大傑作みたいな感じで書かれているものが多いようですが、正直ボクはそう思えません。 

 

川島のりかずならではの、主たる登場人物が全員心が病んでいる、もしくは歪な性癖や自己破壊衝動を抱えているがゆえの現代病理を描いた本作なのですが、氏の作品には珍しく少年少女の(特異ではありますが)心の触れ合いを描き、ラストも少女への想いと鉄雄自らの“こうなるはずであった”憧れを描いて終わっているため、どこか切なく哀しい、そして美しいホラー映画を観た時と似た感覚を覚えさせる、『フランケンシュタインの男』はそんな作品だと思うのです、ボクは。 

 

大傑作、とまでは言いませんが、恐怖マンガを読みなれている方なら確実に何か心に引っ掛かりが残ると思います。それが感動なのか、嫌悪感なのか、何なのかは分かりませんが、それは読者のその時々の心境次第、といった所でしょう。

 

本を読むとは本来そういうモノです。

 

なかなか入手難な本作ですが、今回のボクのようにソコラで入手できる可能性も無いとは限りませんので、もし見かけたらその幸運を逃さぬよう、速攻手に取るコトをオススメして本稿の終わりとしたいと思います。

 

ではm(_ _ )m